北海道庁爆破事件
大森勝久
1976年3月2日、札幌市の北海道庁本庁舎1階に仕掛けられた手製の時限式爆弾が爆発し、2人が死亡、95人が重軽傷を負った。同年8月10日に大森勝久氏が逮捕され、殺人罪などで1994年に死刑が確定した。大森氏は一貫して無実を訴えている。第1次から第3次までの再審請求はいずれも棄却され、弁護団は2025年6月30日、札幌地裁に第4次再審請求を申し立てた。
その審理が進む2026年8月31日、札幌地検は、保管しているはずの証拠89点が所在不明になっていたと発表した。あわせて、確定審の公判で検察官が、目撃証人の調書について裁判所に虚偽の回答をし、実際には9通あった調書のうち6通しか存在しないとして3通を弁護側に開示していなかったことも判明した。札幌地検はいずれについても「誠に遺憾であり反省すべきものであると考えている」とコメントしている。
1976年3月2日、札幌市の北海道庁本庁舎1階に仕掛けられた手製の時限式爆弾が爆発し、2人が死亡、95人が重軽傷を負った。同年8月10日に大森勝久氏が逮捕され、殺人罪などで1994年に死刑が確定した。大森氏は一貫して無実を訴えている。第1次から第3次までの再審請求はいずれも棄却され、弁護団は2025年6月30日、札幌地裁に第4次再審請求を申し立てた。 その審理が進む2026年8月31日、札幌地検は、保管しているはずの証拠89点が所在不明になっていたと発表した。あわせて、確定審の公判で検察官が、目撃証人の調書について裁判所に虚偽の回答をし、実際には9通あった調書のうち6通しか存在しないとして3通を弁護側に開示していなかったことも判明した。札幌地検はいずれについても「誠に遺憾であり反省すべきものであると考えている」とコメントしている。
- 事件発生
- 1976年
- 被告人
- 大森勝久
- 判決
- 死刑(確定)
- 現在のステータス
- 冤罪の疑い
- 冤罪の原因
- 客観的証拠の欠如、証拠開示の問題
タイムライン
3月2日、北海道庁爆破事件が発生
8月10日、大森勝久氏が逮捕
9月23日、起訴
3月29日、第一審判決
1月22日、控訴審判決
7月15日、上告審判決
9月6日、判決確定
7月30日、第1次再審請求
3月19日、第1次再審請求棄却
5月28日、即時抗告棄却
10月19日、特別抗告棄却
1月23日、第2次再審請求
3月28日、第2次再審請求棄却
1月11日、即時抗告棄却
7月18日、特別抗告棄却
2月8日、札幌地裁に第3次再審請求を申し立てた。
12月17日、第3次再審請求棄却
第3次再審請求の即時抗告審を争っている途中
札幌高等裁判所が、第3次再審請求の棄却決定に対する即時抗告を棄却した。
弁護団が札幌高裁の決定を不服として最高裁判所に特別抗告を行った。
弁護団が札幌地方裁判所に第4次再審請求を申し立てた。第1次から第3次までの再審請求はいずれも棄却されている。
第4次再審請求の審理が進む中、札幌地検は保管しているはずの証拠89点が所在不明になっていたと発表した(70点は原本発見、17点は写しのみ発見、2点は原本も写しも発見されず)。あわせて、確定審の公判で検察官が、裁判所からの質問に対し目撃証人の調書について虚偽の回答をしていたことも判明した。実際には検察官面前調書5通・警察官面前調書4通の計9通が作成されていたにもかかわらず、検察官面前調書4通・警察官面前調書2通の計6通しかないと回答し、弁護側にも6通のみを開示していた。札幌地検は証拠の所在不明について「誠に遺憾であり反省すべきものであると考えている」、確定審当時の検察の対応についても「証拠開示制度の下でその運用を行っている現在の視点から見ると、誠に遺憾であり反省すべきものであると考えている」とコメントした。
参考リンク
参考文献
名張事件と大崎事件第4次再審を巻頭特集。北海道庁爆破事件・狭山事件・飯塚事件・Coinhive事件・大川原化工機事件・天竜林業高校事件なども収録。燦燈出版。
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