冤罪マップ

丸正事件

李 得賢(り とくけん)

冤罪の疑い有罪確定

1955年5月11日夜から12日朝にかけて、静岡県三島市の丸正運送店で女性店主が絞殺され、預金通帳が持ち去られた強盗殺人事件。李得賢氏が無期懲役、鈴木一男氏が懲役15年で有罪が確定した。両氏は冤罪を訴え、正木ひろし・鈴木忠五の両弁護士が1963年12月に第1次再審請求を申し立てたが、真犯人を名指しした著作をめぐって1965年5月、東京地裁は両弁護士に名誉毀損で禁錮6か月・執行猶予1年の有罪判決を言い渡した。弁護活動そのものが刑事責任を問われた異例の事態として知られる。出所後の再審請求も棄却され、特別抗告の係属中だった1989年1月2日に李得賢氏が死去した。

逮捕年
1955
解決年
—
期間
34年
確定判決
無期懲役(確定)
都道府県
静岡県
地域
中部
捜査機関
静岡県警
時代
現代
刑事手続き進行度
捜査
逮捕
起訴
一審
控訴審
上告審
確定
!
服役
再審
逮捕起訴一審有罪確定服役→ 再審請求棄却
通過有罪等無罪等進行中

1955年5月11日夜から12日朝にかけて、静岡県三島市の丸正運送店で女性店主が絞殺され、預金通帳が持ち去られた強盗殺人事件。李得賢氏が無期懲役、鈴木一男氏が懲役15年で有罪が確定した。両氏は冤罪を訴え、正木ひろし・鈴木忠五の両弁護士が1963年12月に第1次再審請求を申し立てたが、真犯人を名指しした著作をめぐって1965年5月、東京地裁は両弁護士に名誉毀損で禁錮6か月・執行猶予1年の有罪判決を言い渡した。弁護活動そのものが刑事責任を問われた異例の事態として知られる。出所後の再審請求も棄却され、特別抗告の係属中だった1989年1月2日に李得賢氏が死去した。

事件発生
1955年
被告人
李 得賢(り とくけん)
判決
無期懲役(確定)
現在のステータス
冤罪の疑い
冤罪の原因
自白強要

タイムライン

事件不利有利手続事後
1955.05.11事件発生

1955年5月11日夜から12日朝にかけて、静岡県三島市の丸正運送店で女性店主が絞殺され、預金通帳が持ち去られた

1957一審 有罪判決

静岡地裁沼津支部が李得賢に無期懲役、鈴木一男に懲役15年

1960無期懲役確定

最高裁が上告を棄却。無期懲役確定

1963.12第1次再審請求

1963年12月、正木ひろし・鈴木忠五の両弁護士が、李得賢・鈴木一男の確定判決に対する第1次再審請求を申し立てた

1965.05弁護人2名が名誉毀損で有罪

1965年5月、東京地裁が正木ひろし・鈴木忠五の両弁護士について「真犯人説の立証は不充分であり、両弁護人は正当な弁護活動を逸脱した」として禁錮6か月・執行猶予1年の有罪判決を言い渡した。真犯人を名指しした著作をめぐるもので、弁護活動そのものが刑事責任を問われた異例の事態だった

1989.01.02李得賢 死去

出所後も再審請求を続けたが棄却され、即時抗告も棄却、特別抗告の係属中だった1989年1月2日に李得賢氏が死去した

1992.12.27鈴木一男 死去

1992年12月27日、共に有罪とされた鈴木一男氏が死去した

参考リンク

百科事典丸正事件 - Wikipedia— Wikipedia
その壁を砕け映画
中平康(監督)、新藤兼人(脚本) (1959)

1955年の丸正事件(正木ひろし弁護士が手がけた冤罪事件)に材をとった社会派サスペンス。無実の罪で逮捕された自動車修理工の渡辺三郎(小高雄二)の無実を、恋人(芦川いづみ)、弁護士(芦田伸介)、若手刑事(長門裕之)らが追及する。曖昧な目撃証言で冤罪が作られるメカニズムをリアルに描く。姫田真佐久撮影、伊福部昭音楽。100分・白黒・日活配給・1959年6月23日公開。

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