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事件一覧/財田川事件

財田川事件

谷口 繁義(たにぐち しげよし)

狭義の冤罪無罪確定

1950年、香川県財田村で闇米ブローカーが殺害された事件。谷口繁義は19歳で逮捕され、代用監獄での過酷な取調べにより自白を強要された。棄却決定の中で裁判官が「財田川よ、心あらば真実を教えて欲しい」と述べたことでも知られる。1984年に再審無罪確定。

逮捕年
1950
無罪確定年
1984
期間
34年
確定判決
死刑→再審無罪
都道府県
香川県
地域
四国
捜査機関
香川県警
時代
現代
刑事手続き進行度
捜査
逮捕
起訴
一審
控訴審
上告審
確定
服役
再審
逮捕起訴一審死刑確定服役再審無罪
通過有罪等無罪等進行中

タイムライン

事件不利有利手続事後
1950.02事件発生

香川県財田村で闇米ブローカーが殺害、現金が奪われる

1950.04谷口繁義 逮捕

別件の農協強盗容疑で逮捕後、本件について取調べ。当時19歳

代用監獄で24時間体制の過酷な管理下に置かれ、精神的肉体的限界のもとで自白を強要された
1952.01一審 死刑判決

高松地裁丸亀支部が死刑判決

1957.01上告棄却・死刑確定

最高裁が上告を棄却。死刑確定

1969.01谷口の手紙が発見される

1964年に谷口が裁判所に送った再鑑定を求める手紙が5年後に発見される

矢野伊吉裁判長が手紙を発見し、再審に乗り出すも反対運動に遭い裁判長を辞任。弁護士として谷口の弁護人に
1972.09再審請求棄却(「財田川」発言)

高松地裁丸亀支部が再審請求を棄却。裁判官が「財田川よ、心あらば真実を教えて欲しい」と述べる

越智伝判事の言葉。事件名が「財田川事件」となった由来
1979.06高松地裁が再審開始決定

高松地裁丸亀支部が再審開始を決定

1981.03再審開始確定

最高裁が検察の特別抗告を棄却。再審開始確定

1984.03再審無罪判決

高松地裁丸亀支部が無罪判決。逮捕から34年

2005.01谷口繁義 死去

74歳で死去

情報源