1954年、静岡県島田市で幼稚園の女児が誘拐殺害された事件。赤堀政夫は軽度の知的障害があり、別件逮捕後に自白を強要された。古畑種基教授の法医学鑑定が有罪の根拠とされたが、再審で覆された。4度目の死刑再審無罪事件。2024年2月、94歳で死去。
1954年、静岡県島田市で幼稚園の女児が誘拐殺害された事件。赤堀政夫は軽度の知的障害があり、別件逮捕後に自白を強要された。古畑種基教授の法医学鑑定が有罪の根拠とされたが、再審で覆された。4度目の死刑再審無罪事件。2024年2月、94歳で死去。
- 事件発生
- 1954年
- 被告人
- 赤堀 政夫(あかほり まさお)
- 判決
- 死刑→再審無罪
- 現在のステータス
- 無罪確定
- 冤罪の原因
- 自白強要、鑑定の問題、供述弱者
- 支援
- 日本弁護士連合会
タイムライン
静岡県島田市の幼稚園から女児(6歳)が行方不明に。3日後に遺体発見
1954年5月24日、別件の窃盗容疑で逮捕後、本件について厳しく追及され自白
1958年5月23日、静岡地裁が死刑判決。古畑種基教授の法医学鑑定が有罪の根拠に
1960年2月17日、東京高裁が控訴を棄却
1960年12月5日、最高裁が上告を棄却。12月26日付で死刑が確定した
1961年8月17日に第1次再審請求(1962年2月28日棄却)。以後、第2次(1964年)・第3次(1966年)・第4次(1969年)と再審請求を重ねた
1983年5月23日、東京高裁が第4次再審請求で静岡地裁の棄却を取消し、差戻
1986年5月30日、静岡地裁が再審開始を決定
1987年3月25日、東京高裁が検察の即時抗告を棄却
東京高裁が再審開始を支持する決定をしたことに対し、検察官は特別抗告を断念した。これにより再審開始が確定した(日弁連会長声明・1987年3月31日)
1989年1月31日、静岡地裁が無罪判決。逮捕から34年8ヶ月ぶりに釈放
1989年2月15日、検察官が控訴しなかったため無罪判決が確定した
2024年2月22日、94歳で死去。4大死刑冤罪事件の元死刑囚として最後の存命者だった
参考リンク
参考文献
免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件の四大死刑再審無罪事件の雪冤後の波乱の人生をたどり、再審開始が決定した袴田事件、無実を証明する前に処刑された飯塚事件を徹底検証する。冤罪そのものの構造と、雪冤の先に何があるのかを綴る。インパクト出版会刊。
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